ペチカが完成した途端に出てくる心配事と言えば【薪の調達】
言っちゃ悪いが今シーズンの薪については全く用意していない。
あるのはただ、家づくりの課程で出された端材や梁、柱の切れっ端、
まぁこれだけでも2山ぐらいの量があり当面はこれを燃やせば何とかなるかと思っていた。
しかしいざ燃やし出すと早いこと早いこと、1月10日頃の焚き始めから20日あまりで1山近くが消えて行った。
無くなったら無くなったでまた考えよう。もう春が来ているかもしれないし、
現場の端材もかき集めるとまだ結構あるかもしれないし。
来シーズンからは本格稼働。
ペチカ初心者の私にはどれだけの量をいつ確保すれば良いかよく分からない。
まず薪棚を作ることからスタートかな。
北側に棚を作ろうかと画策している。
デッキの下のスペースも雨があたらないので有効活用出来そうだ。
ステップ1
一束ごとに薪になったものを買っていたんでは、費用がかさんでしょうがない、
2メートルぐらいの原木を買って家まで運んでもらい、斧で薪にしたいものだ。
チェーンソーが使えればもっとでかい木も、加工出来るようになるだろう。
チェーンソーも斧も鉈も買わないといけない。
ステップ2
薪集め同好会などに入部でもして里山整備、
その代わりに原木を格安(or無償)でゲット、それをうちで加工する。
このためには軽トラックが必要だ。
山に入るなんてのはたいへんそうだが、男のロマン(死後か?)を感じる部分もある。
ステップ3
近くの山を競売か何かで格安でゲット。
誰かと共同でも良いから手に入れてみたいものだ。
今まで消費するだけだったが、1本でも植林出来れば地球環境にも貢献できる。
一体いつになるだろう、見果てぬ夢か幻か・・・

言っちゃ悪いが今シーズンの薪については全く用意していない。
あるのはただ、家づくりの課程で出された端材や梁、柱の切れっ端、
まぁこれだけでも2山ぐらいの量があり当面はこれを燃やせば何とかなるかと思っていた。
しかしいざ燃やし出すと早いこと早いこと、1月10日頃の焚き始めから20日あまりで1山近くが消えて行った。
無くなったら無くなったでまた考えよう。もう春が来ているかもしれないし、
現場の端材もかき集めるとまだ結構あるかもしれないし。
来シーズンからは本格稼働。
ペチカ初心者の私にはどれだけの量をいつ確保すれば良いかよく分からない。
まず薪棚を作ることからスタートかな。
北側に棚を作ろうかと画策している。
デッキの下のスペースも雨があたらないので有効活用出来そうだ。
ステップ1
一束ごとに薪になったものを買っていたんでは、費用がかさんでしょうがない、
2メートルぐらいの原木を買って家まで運んでもらい、斧で薪にしたいものだ。
チェーンソーが使えればもっとでかい木も、加工出来るようになるだろう。
チェーンソーも斧も鉈も買わないといけない。
ステップ2
薪集め同好会などに入部でもして里山整備、
その代わりに原木を格安(or無償)でゲット、それをうちで加工する。
このためには軽トラックが必要だ。
山に入るなんてのはたいへんそうだが、男のロマン(死後か?)を感じる部分もある。
ステップ3
近くの山を競売か何かで格安でゲット。
誰かと共同でも良いから手に入れてみたいものだ。
今まで消費するだけだったが、1本でも植林出来れば地球環境にも貢献できる。
一体いつになるだろう、見果てぬ夢か幻か・・・
ここ3、4日、劇寒の日が続いている。
朝の最低気温がマイナス10℃を下回る。
天然の冷凍庫、めちゃめちゃ寒いのです。
去年は真冬日(一日中マイナス)が無く、温暖化なんだとラジオで言っていたが、
何のことは無い、たまたまだったのか。
月曜日朝に現場にペチカ着火に行くと室内気温はマイナス2℃であった。
先週辺りに奥さんが塗った荒壁を見てみるとなにやら怪しい雰囲気。
表面が硬くなっていて、しっとりとした面ではなく、ささくれだったような面になっている。
“ちょっとやばいかな”大工さんの投光器を壁にあてて取りあえず退散。
昨日は左官の松田さんが土運びに来てくれていた。
“荒壁【しみた】かもしれないですね”
昼に様子を見に行くとそう告げられた。
土壁は基本凍ってしまう【しみてしまう】と強度がガタ落ち
壁としての基本性能を失ってしまうと前から言われていた。
室内だから大丈夫かなと思っていたが、まだまだすきま風ピューピューの状態、
そしてこの寒波が襲う。
“7割がたダメでしょうね、でも乾いて見ないと判断がつかないので暫く夜は投光器をあてながらでもしのいで様子をみましょう”との事であった。
ダメなら剥がして再度塗り直し。 (>_<)
残り3割にかけるしかない!!

朝の最低気温がマイナス10℃を下回る。
天然の冷凍庫、めちゃめちゃ寒いのです。
去年は真冬日(一日中マイナス)が無く、温暖化なんだとラジオで言っていたが、
何のことは無い、たまたまだったのか。
月曜日朝に現場にペチカ着火に行くと室内気温はマイナス2℃であった。
先週辺りに奥さんが塗った荒壁を見てみるとなにやら怪しい雰囲気。
表面が硬くなっていて、しっとりとした面ではなく、ささくれだったような面になっている。
“ちょっとやばいかな”大工さんの投光器を壁にあてて取りあえず退散。
昨日は左官の松田さんが土運びに来てくれていた。
“荒壁【しみた】かもしれないですね”
昼に様子を見に行くとそう告げられた。
土壁は基本凍ってしまう【しみてしまう】と強度がガタ落ち
壁としての基本性能を失ってしまうと前から言われていた。
室内だから大丈夫かなと思っていたが、まだまだすきま風ピューピューの状態、
そしてこの寒波が襲う。
“7割がたダメでしょうね、でも乾いて見ないと判断がつかないので暫く夜は投光器をあてながらでもしのいで様子をみましょう”との事であった。
ダメなら剥がして再度塗り直し。 (>_<)
残り3割にかけるしかない!!
日に日に調子良くなってくるペチカ君
毎日大量の薪を消費してくれる。 (T_T)
いよいよ赤なまこ壁も試行錯誤中。
95%以上成功(自画自賛??)のペチカ作りも、
もっとこうした方が良かったかなと思う部分も何点かあるのだ。
1、ペチカの位置
これは設計段階で決まっていたが、もうちょっとスロープから離すべきだったなぁと思う。
30mmしか離れていない。ペチカ本体の表面も結構熱くなる(触れない事は
無いが、ずっと触っていられないぐらい)
スロープの木部も熱くなる。ここにケイカル板をかます事になった。
あと、30mmあれば良かったなぁ、手も入るし掃除もしやすかった。
2、モルタルの塗りがあまい
これは全くの私の施工不良?
焚き初めの時は、何カ所からか【薄っすら】煙が出ていた。
耐火モルタルや漆喰で目地詰めしてほとんど防いだはずだが、
奥さんは2階に上がると煙臭いと言う。
見えないぐらいの煙の【洩れ】があるのだろうか。
レンガの下のモルタルから洩れるところは無く、ほとんど横の接続部分から洩れている事を
考えると横を繋ぐモルタルをもっと【盛っておけば】良かった。
3、ダンパーの設置方法
このペチカ何が一番大事かと言うとこの【ダンパー】であることを今更ながら感じる。
扉は天地逆に付けても、ダンパーの付け忘れは許され無いのです。 (^_^;
付ける時は、そんなに開け閉めするものでは無いと思っていて、結構簡単に付けてしまった。
下のレンガの天面にモルタルを載せ、ダンパーを仮置き。その上にレンガを積んだ。
そしてモルタルが硬化してきた所でダンパーを開け閉め。
そのまま固まってしまわないようにした。
他にやり方があるのかどうかも良くわからないが、結構【きつめ】に出来上がった。
(まぁきつめに作ったのだが・・)
今年の場合、ヤニの多いカラマツや乾燥のあまいスギやヒノキがメインの薪
煤が溜まり易くダンパーにもこびり付く。
こまめに掃除しないといけない状態だ。
もうちょっと【ゆるめ】に作った方が良かったのか?、別の施工方法があったのか?
答えは次世代にお任せしよう。
4、焚き口の積み方・目地
これは私の想定外だったが、設計士さんの良心的嫌がらせ?で、
扉の大きさが図面と違っていたり、耐火ガラスが微妙に大きかったり。
微妙な大きさを上手く調整するのが本職さんなら、それが出来ないのが素人。
戸惑う事も多かった。
最初に大きさを確認してから積むのが普通の人の感覚ならば、
それが無いのは私の人間的欠陥??か(おおらかさとポジティブシンキング)
反面、炉に関しては【何でもありじゃないか】と思う部分もあった。
もの凄く大きくして、2メートルの乾燥丸太をそのまま入れられる炉を作れば、
薪割りの手間も省けるのでは無いか?とも思ったりした。
【薪ストーブ】ならぬ【丸太ストーブ】もっと言えば【原木ストーブ】
あっ、ちょっと妄想を広げすぎました。 (^_^;
それと目地ももっとすり切れるぐらい薄く塗らないと(1〜2mm?)いけなかった
ようだ。厚いと時間の経過とともにひび割れてきて隙間があいてくる。
5、耐火ガラスの入れ方
4、でも触れたが炉の耐火ガラスのサイズが微妙に違っていた。
違っていたというより長方形では無かったのだ。
それが耐火ガラスの特質なのかどうなのかは良くわからないけれど、
兎に角長方形で無くて、真ん中部分が少し(5mm)程度ふくれていた。
(極端に言うと英語の【D】のような形であった)
その形に沿ってレンガをカット完全にはめ込んでしまってある。
つまり万一ガラスが割れると炉の積み直しだ。
レンガのようにあれだけ厚みがあるところで建具のようにガラスだけ替える方法が
可能かどうか知らないけれど、ただただガラスが割れないことを祈るばかりだ。
6、煙突
レンガで煙突も作るかな、なんて話もあったがそれはしないでホントに良かった。
強行していたとすると、ここでブログを書いている私はいなかったかも
推定致死率5%の難工事が予想された。
吹き抜けでは無い、2階の床をぶち抜くならばレンガでやるってもんだろう。
その方が予算も格安になるし。
総括
それでもペチカはありだ
世界に広げようペチカの輪

毎日大量の薪を消費してくれる。 (T_T)
いよいよ赤なまこ壁も試行錯誤中。
95%以上成功(自画自賛??)のペチカ作りも、
もっとこうした方が良かったかなと思う部分も何点かあるのだ。
1、ペチカの位置
これは設計段階で決まっていたが、もうちょっとスロープから離すべきだったなぁと思う。
30mmしか離れていない。ペチカ本体の表面も結構熱くなる(触れない事は
無いが、ずっと触っていられないぐらい)
スロープの木部も熱くなる。ここにケイカル板をかます事になった。
あと、30mmあれば良かったなぁ、手も入るし掃除もしやすかった。
2、モルタルの塗りがあまい
これは全くの私の施工不良?
焚き初めの時は、何カ所からか【薄っすら】煙が出ていた。
耐火モルタルや漆喰で目地詰めしてほとんど防いだはずだが、
奥さんは2階に上がると煙臭いと言う。
見えないぐらいの煙の【洩れ】があるのだろうか。
レンガの下のモルタルから洩れるところは無く、ほとんど横の接続部分から洩れている事を
考えると横を繋ぐモルタルをもっと【盛っておけば】良かった。
3、ダンパーの設置方法
このペチカ何が一番大事かと言うとこの【ダンパー】であることを今更ながら感じる。
扉は天地逆に付けても、ダンパーの付け忘れは許され無いのです。 (^_^;
付ける時は、そんなに開け閉めするものでは無いと思っていて、結構簡単に付けてしまった。
下のレンガの天面にモルタルを載せ、ダンパーを仮置き。その上にレンガを積んだ。
そしてモルタルが硬化してきた所でダンパーを開け閉め。
そのまま固まってしまわないようにした。
他にやり方があるのかどうかも良くわからないが、結構【きつめ】に出来上がった。
(まぁきつめに作ったのだが・・)
今年の場合、ヤニの多いカラマツや乾燥のあまいスギやヒノキがメインの薪
煤が溜まり易くダンパーにもこびり付く。
こまめに掃除しないといけない状態だ。
もうちょっと【ゆるめ】に作った方が良かったのか?、別の施工方法があったのか?
答えは次世代にお任せしよう。
4、焚き口の積み方・目地
これは私の想定外だったが、設計士さんの良心的嫌がらせ?で、
扉の大きさが図面と違っていたり、耐火ガラスが微妙に大きかったり。
微妙な大きさを上手く調整するのが本職さんなら、それが出来ないのが素人。
戸惑う事も多かった。
最初に大きさを確認してから積むのが普通の人の感覚ならば、
それが無いのは私の人間的欠陥??か(おおらかさとポジティブシンキング)
反面、炉に関しては【何でもありじゃないか】と思う部分もあった。
もの凄く大きくして、2メートルの乾燥丸太をそのまま入れられる炉を作れば、
薪割りの手間も省けるのでは無いか?とも思ったりした。
【薪ストーブ】ならぬ【丸太ストーブ】もっと言えば【原木ストーブ】
あっ、ちょっと妄想を広げすぎました。 (^_^;
それと目地ももっとすり切れるぐらい薄く塗らないと(1〜2mm?)いけなかった
ようだ。厚いと時間の経過とともにひび割れてきて隙間があいてくる。
5、耐火ガラスの入れ方
4、でも触れたが炉の耐火ガラスのサイズが微妙に違っていた。
違っていたというより長方形では無かったのだ。
それが耐火ガラスの特質なのかどうなのかは良くわからないけれど、
兎に角長方形で無くて、真ん中部分が少し(5mm)程度ふくれていた。
(極端に言うと英語の【D】のような形であった)
その形に沿ってレンガをカット完全にはめ込んでしまってある。
つまり万一ガラスが割れると炉の積み直しだ。
レンガのようにあれだけ厚みがあるところで建具のようにガラスだけ替える方法が
可能かどうか知らないけれど、ただただガラスが割れないことを祈るばかりだ。
6、煙突
レンガで煙突も作るかな、なんて話もあったがそれはしないでホントに良かった。
強行していたとすると、ここでブログを書いている私はいなかったかも
推定致死率5%の難工事が予想された。
吹き抜けでは無い、2階の床をぶち抜くならばレンガでやるってもんだろう。
その方が予算も格安になるし。
総括
それでもペチカはありだ
世界に広げようペチカの輪
我が家の煙突は室内がシングル、屋根の貫通部分の手前1mより上はダブルの断熱煙突と言う仕様になっている。
ペチカの煙排出口から真っ直ぐ上に煙突が出ている。

これ以上のすっきり感はないだろう。
薪ストーブも使ったことが無い、火焚き素人の私であったが、
北村さんにレクチャーを受けながら少しずつ火を焚く事のイロハが分かってきた。
特に着火については、上手く空気の流れを作って、煙突側に空気を引っ張ってもらう感じが大事だと言うことが分かってきた。
ダンパーを開ければ自然と空気が上部から排出され、流れが出来る。
流れを作るにも一直線がベストだろう。
その勢いをもって煤も吹き飛ばしてもらいたい。
それでも一年に一度は屋根に上って煙突点検しないとは思っている。

えんとつさんも北アルプスが見える西に向いて気持ち良さそうだ。

ペチカの煙排出口から真っ直ぐ上に煙突が出ている。

これ以上のすっきり感はないだろう。
薪ストーブも使ったことが無い、火焚き素人の私であったが、
北村さんにレクチャーを受けながら少しずつ火を焚く事のイロハが分かってきた。
特に着火については、上手く空気の流れを作って、煙突側に空気を引っ張ってもらう感じが大事だと言うことが分かってきた。
ダンパーを開ければ自然と空気が上部から排出され、流れが出来る。
流れを作るにも一直線がベストだろう。
その勢いをもって煤も吹き飛ばしてもらいたい。
それでも一年に一度は屋根に上って煙突点検しないとは思っている。

えんとつさんも北アルプスが見える西に向いて気持ち良さそうだ。
今日も朝からペチカの焚き付け
ペチカ担当としては、それ位は最低の仕事だと思っている。
水曜日から板金屋さんから泊まりで作業。
板金屋さんの朝は早い。
岐阜から来られる時でも朝7時前後には現場に来られる。
今日は板金屋さんが来られる前にペチカを点火しようと思っていたが、
6時50分頃現場に行くと丁度板金屋さんも来たところであった。
こんなに寒いのにいつもどうりの早朝現場。
涙がちょちょ切れそうになる。
車で朝食を食べられていたので、そそくさと着火して家に帰ってきた。
私は本来建て主がするべき仕事があると思っている。
私たちの場合、通常の建て主の枠を超えすぎている部分は否めないが、
お茶を用意したり、お菓子を準備したり、こういった事にこそ建て主の責任があると感じている。
家のお金だけを出せば良いと言うものではないはずだ。
お互いの顔を見ることによって、より良いものが出来ると信じている
うちの場合、朝に奥さんが私が現場にお茶とお菓子を用意。
寒くなってからは暖かいお茶とポットでお湯を沸かしている。
暑い時期は、クーラーボックスに詰めたい缶コーヒーやペットボトルのお茶を入れていた。
ハウスメーカーの家づくりでは、そんな事も必要ないと言われるらしい。
私の穿った見方によれば、【現場に来て欲しくない】と思っているのではないかと思われる。
ハウスメーカーや工務店の家づくりは請負契約。
家の完成までをお金で請け負い、完成した時点で引き渡し。
厳密に言えば完成するまでは建て主の家ではない訳だ。
だから火災保険などもハウスメーカーが入っているはずだ。
(元のお金は建て主から出ているんだろうけど)
毎朝チョロチョロされたのでは、鬱陶しいと言うのが本音ではないか。
(もちろん建て主もどんどん来てくださいと言う善良な工務店も多々あるとは思うが)
現場に通うのをやんわり断られた時、その時がつまり建て主が
家づくりの【蚊帳の外】に出される瞬間ではないか。
施主、施主とおだてられ、現実は何も知らされず、黙ってお金を払う。
完全に家づくりとしては失敗だ。
その点分離発注はアバウト。
たぶん物件、人によってケースバイケースだろう。
(そこが弱点という見方も出来るが)
我が家の場合、たくさんの人が訪れる。
わざとたくさんの人を呼び込むように仕向けていると言った方が適切かもしれない。
来られた人には“怪我をしないように気をつけて下さい"と一声かけているが、
何かあった場合は、最終的に私の責任だと思ってはいる。
完成してから私の所有物なのではなく、基礎が始まった時から【私のもの】だと思ってやっている。
毎朝、お菓子を運ぶのもたいへんと言えばたいへんだ。
それでもやろうと思うのは、大工さん、左官屋さん、板金屋さん、北村さん、
この家に関わるすべての人が、ある意味ファミリーで、ある意味チームだと思っているからだ。
休憩時間にお菓子がないなんて、【遠足で自分の子供だけお金が無いのでお菓子を買えなかった】
ぐらいに匹敵する、もの悲しさを感じてしまう。
今日は職人さんがたくさんだからお菓子多めにしようだとか、
大工のツッキーは、結構甘党だから今日は【甘納豆】ね、だとか、
そんな事を考えながら日々準備にいそしむのだ。

ペチカ担当としては、それ位は最低の仕事だと思っている。
水曜日から板金屋さんから泊まりで作業。
板金屋さんの朝は早い。
岐阜から来られる時でも朝7時前後には現場に来られる。
今日は板金屋さんが来られる前にペチカを点火しようと思っていたが、
6時50分頃現場に行くと丁度板金屋さんも来たところであった。
こんなに寒いのにいつもどうりの早朝現場。
涙がちょちょ切れそうになる。
車で朝食を食べられていたので、そそくさと着火して家に帰ってきた。
私は本来建て主がするべき仕事があると思っている。
私たちの場合、通常の建て主の枠を超えすぎている部分は否めないが、
お茶を用意したり、お菓子を準備したり、こういった事にこそ建て主の責任があると感じている。
家のお金だけを出せば良いと言うものではないはずだ。
お互いの顔を見ることによって、より良いものが出来ると信じている
うちの場合、朝に奥さんが私が現場にお茶とお菓子を用意。
寒くなってからは暖かいお茶とポットでお湯を沸かしている。
暑い時期は、クーラーボックスに詰めたい缶コーヒーやペットボトルのお茶を入れていた。
ハウスメーカーの家づくりでは、そんな事も必要ないと言われるらしい。
私の穿った見方によれば、【現場に来て欲しくない】と思っているのではないかと思われる。
ハウスメーカーや工務店の家づくりは請負契約。
家の完成までをお金で請け負い、完成した時点で引き渡し。
厳密に言えば完成するまでは建て主の家ではない訳だ。
だから火災保険などもハウスメーカーが入っているはずだ。
(元のお金は建て主から出ているんだろうけど)
毎朝チョロチョロされたのでは、鬱陶しいと言うのが本音ではないか。
(もちろん建て主もどんどん来てくださいと言う善良な工務店も多々あるとは思うが)
現場に通うのをやんわり断られた時、その時がつまり建て主が
家づくりの【蚊帳の外】に出される瞬間ではないか。
施主、施主とおだてられ、現実は何も知らされず、黙ってお金を払う。
完全に家づくりとしては失敗だ。
その点分離発注はアバウト。
たぶん物件、人によってケースバイケースだろう。
(そこが弱点という見方も出来るが)
我が家の場合、たくさんの人が訪れる。
わざとたくさんの人を呼び込むように仕向けていると言った方が適切かもしれない。
来られた人には“怪我をしないように気をつけて下さい"と一声かけているが、
何かあった場合は、最終的に私の責任だと思ってはいる。
完成してから私の所有物なのではなく、基礎が始まった時から【私のもの】だと思ってやっている。
毎朝、お菓子を運ぶのもたいへんと言えばたいへんだ。
それでもやろうと思うのは、大工さん、左官屋さん、板金屋さん、北村さん、
この家に関わるすべての人が、ある意味ファミリーで、ある意味チームだと思っているからだ。
休憩時間にお菓子がないなんて、【遠足で自分の子供だけお金が無いのでお菓子を買えなかった】
ぐらいに匹敵する、もの悲しさを感じてしまう。
今日は職人さんがたくさんだからお菓子多めにしようだとか、
大工のツッキーは、結構甘党だから今日は【甘納豆】ね、だとか、
そんな事を考えながら日々準備にいそしむのだ。
レンガやタイルその間を埋める目地にもいろいろ種類が有るようだ。
引込み目地、平目地、出目地・・・
レンガやタイルの表面に対して出ているか引っ込んでいるか平らか、
そんな区分をしているようだ。
側面は引込み目地

ほとんどの目地は引込み目地のらしい。
何てったって作業が簡単、目地を塗り込んで目地コテで【シャー】
表面の汚れも少ないし汚れ落としも楽だ。
ほとんど見たこともなくもっとも難度が高いのが【出目地】だと思う。
目地を盛るのも何度かしないといけないし、何より綺麗におさまらない可能性が大。
そんな事を考えていてふと目についたのがこれ(参考写真)

なまこ壁
ここの地域ではちらほら見かける。
蔵になまこ壁、地主の象徴なのであります。
おおっ、これこそ【出目地】王様、
KING OF DEMEGE ではありませんか。
ネットで調べてみると高度な左官技術が必要らしい。
と言う事であくまでテイストやイメージを参考に、なまこ壁風ペチカにを目指そう。
赤いなまこ壁
日本人の新しい美意識への挑戦!! (^_^;

引込み目地、平目地、出目地・・・
レンガやタイルの表面に対して出ているか引っ込んでいるか平らか、
そんな区分をしているようだ。
側面は引込み目地

ほとんどの目地は引込み目地のらしい。
何てったって作業が簡単、目地を塗り込んで目地コテで【シャー】
表面の汚れも少ないし汚れ落としも楽だ。
ほとんど見たこともなくもっとも難度が高いのが【出目地】だと思う。
目地を盛るのも何度かしないといけないし、何より綺麗におさまらない可能性が大。
そんな事を考えていてふと目についたのがこれ(参考写真)

なまこ壁
ここの地域ではちらほら見かける。
蔵になまこ壁、地主の象徴なのであります。
おおっ、これこそ【出目地】王様、
KING OF DEMEGE ではありませんか。
ネットで調べてみると高度な左官技術が必要らしい。
と言う事であくまでテイストやイメージを参考に、なまこ壁風ペチカにを目指そう。
赤いなまこ壁
日本人の新しい美意識への挑戦!! (^_^;
ペチカは一応表側だけそれなりに掃除、
横と裏側はまぁいいやという感じでほとんど掃除していない。
それでもペチカ最後のお化粧、目地作業に突入。
失敗覚悟でまずは側面から作業。
砂漆喰を塗り込める作戦だ。
砂と漆喰の分量がよく分からないが、困った時は1/3、2/3で混ぜるようにしている。
(経験則 (^_^; )
今回の主役は漆喰なので漆喰2/3、砂1/3、
灰色っぽい砂が多い感じがしたので漆喰を少し増量。
最初に以前使った事のある、ケーキのホイップを絞り出すとき使うような道具に、
砂漆喰を注入。
10mm程度の太さにでも出るように水で薄めていった。
いざやってみると、【ムニュ】と出るには出るのだが柔らか過ぎて、
垂れてきてしまう。硬すぎると出ないし。
作戦失敗。
次に残された方法はコテで塗りつけるしか思い浮かばない。
少し硬めの砂漆喰を手板の上で【ネリネリ】
コテ先にとり目地に擦り込む。
一回では上手くいかないが、ペチカを焚きながらの作業なので暫くすると硬化開始。
少し固まった所で目地ゴテでならすとそれなりの出来た。
作戦成功!!
あとははみ出した砂漆喰を布で【ゴシゴシ】
最後にサンポールでレンガの表面を拭き取ると

こんなもんだろう。
北村さんにこんな感じで仕上げますよと言うと、
“デメジって言うのもあるよ"とおっしゃる。
やり方は“知らない"らしい。
デメジってなんだ?
ヂデジ(地デジ)なら知っているぞ。
ネットで調べたらデメジ=出目地の事であった。
それはデメジをやれってことですか??
北村さんの命令には逆らえまい。
表面はデメジでGOだ

横と裏側はまぁいいやという感じでほとんど掃除していない。
それでもペチカ最後のお化粧、目地作業に突入。
失敗覚悟でまずは側面から作業。
砂漆喰を塗り込める作戦だ。
砂と漆喰の分量がよく分からないが、困った時は1/3、2/3で混ぜるようにしている。
(経験則 (^_^; )
今回の主役は漆喰なので漆喰2/3、砂1/3、
灰色っぽい砂が多い感じがしたので漆喰を少し増量。
最初に以前使った事のある、ケーキのホイップを絞り出すとき使うような道具に、
砂漆喰を注入。
10mm程度の太さにでも出るように水で薄めていった。
いざやってみると、【ムニュ】と出るには出るのだが柔らか過ぎて、
垂れてきてしまう。硬すぎると出ないし。
作戦失敗。
次に残された方法はコテで塗りつけるしか思い浮かばない。
少し硬めの砂漆喰を手板の上で【ネリネリ】
コテ先にとり目地に擦り込む。
一回では上手くいかないが、ペチカを焚きながらの作業なので暫くすると硬化開始。
少し固まった所で目地ゴテでならすとそれなりの出来た。
作戦成功!!
あとははみ出した砂漆喰を布で【ゴシゴシ】
最後にサンポールでレンガの表面を拭き取ると

こんなもんだろう。
北村さんにこんな感じで仕上げますよと言うと、
“デメジって言うのもあるよ"とおっしゃる。
やり方は“知らない"らしい。
デメジってなんだ?
ヂデジ(地デジ)なら知っているぞ。
ネットで調べたらデメジ=出目地の事であった。
それはデメジをやれってことですか??
北村さんの命令には逆らえまい。
表面はデメジでGOだ
ペチカは表面を綺麗にしてから、目地を漆喰で化粧する作戦でいる。
この表面を綺麗にって言うのが既に厄介。
本来はペチカ本体を積むときに目地も綺麗に処理しておくのがプロの仕事だと思う。
ペチカ積みを見学に行った時の左官屋さんはレンガを積んだ後、
目地ゴテで目地を修正、全体を水を含ませた左官用ブラシで濡らして表面を綺麗にしていた。
私の場合、【目地掃除をやった方が良い】とは分かっていたが、そこまで手が回らずと言うか、一度ブラシで擦ると返ってモルタルが全体に広がってしまった。
何をどの程度までやれば良いのかがすべて手探り。
【まぁいいか】と言う感じで適当にやっていた。
(有る程度適当にやらないと出来上がらなかったと言った方が正確かな)
と言うわけで今更表面掃除を始める事になる。
モルタルが大きめに固まってしまっているのは、目地ゴテやタガネで擦り落とす。
問題はうっすらこびり付いたモルタルだ。
聞くところによると、モルタルは酸が効くらしい。
酸と言えばサンポール?
サン・サン・酸が効くサンポールと言うではないですか!!

サンポール原液を亀の子タワシに付けて、ゴシゴシ擦り、綺麗なぞうきんで拭き取る。
不思議なもので、これで薄くこびり付いたモルタルが結構綺麗になる。

上半分が終わった所。
綺麗になるのは非常に喜ばしいのだが、欠点は例の臭い。
とりわけ臭いわけでは無いのだが、便所の臭いを思い起こしてしまう。
程々にしておこう。

この表面を綺麗にって言うのが既に厄介。
本来はペチカ本体を積むときに目地も綺麗に処理しておくのがプロの仕事だと思う。
ペチカ積みを見学に行った時の左官屋さんはレンガを積んだ後、
目地ゴテで目地を修正、全体を水を含ませた左官用ブラシで濡らして表面を綺麗にしていた。
私の場合、【目地掃除をやった方が良い】とは分かっていたが、そこまで手が回らずと言うか、一度ブラシで擦ると返ってモルタルが全体に広がってしまった。
何をどの程度までやれば良いのかがすべて手探り。
【まぁいいか】と言う感じで適当にやっていた。
(有る程度適当にやらないと出来上がらなかったと言った方が正確かな)
と言うわけで今更表面掃除を始める事になる。
モルタルが大きめに固まってしまっているのは、目地ゴテやタガネで擦り落とす。
問題はうっすらこびり付いたモルタルだ。
聞くところによると、モルタルは酸が効くらしい。
酸と言えばサンポール?
サン・サン・酸が効くサンポールと言うではないですか!!

サンポール原液を亀の子タワシに付けて、ゴシゴシ擦り、綺麗なぞうきんで拭き取る。
不思議なもので、これで薄くこびり付いたモルタルが結構綺麗になる。

上半分が終わった所。
綺麗になるのは非常に喜ばしいのだが、欠点は例の臭い。
とりわけ臭いわけでは無いのだが、便所の臭いを思い起こしてしまう。
程々にしておこう。
大工さんは10〜12日のみ仕事されてから、
また休みに入り今日(18日)までお休みだった。
正月明けてから17日中、稼働日が3日・・・
スローワークというかロハスというか。
奥さんはここぞとばかりに、夕方子供の一緒にママ友達を現場に呼び込み子供たちを遊ばせている。
スロープを走り回り、地下を探検し子供たちはいつもながらバタバタ遊んでいる。
奥さんは得意気にママ友達に家の案内。
“これは竹小舞と言って・・・"
“この木はヒノキで・・・"本当に説明出来ているか著しく心配だが、
何か一生懸命話している。
そんなママ友達は、これから家を建てる人だったり、ここ(豊科)に住みたいと思っている人だったりと世代的にはそんな感じの人が多い。
そんな人たちに何かしらのインパクトをこの家は与えられているのだろうか?
ぽつぽつとでも、ハウスメーカーでは無い、
こだわりのある、木で土壁の家が増えていけば、町並みも変わるだろうに。
誰か土壁セルフビルドしないかな、手伝うのに。
そんな事を思っている。
さぁ今日からは大工仕事も再開
今の感じだと2月いっぱいも???の感じ

また休みに入り今日(18日)までお休みだった。
正月明けてから17日中、稼働日が3日・・・
スローワークというかロハスというか。
奥さんはここぞとばかりに、夕方子供の一緒にママ友達を現場に呼び込み子供たちを遊ばせている。
スロープを走り回り、地下を探検し子供たちはいつもながらバタバタ遊んでいる。
奥さんは得意気にママ友達に家の案内。
“これは竹小舞と言って・・・"
“この木はヒノキで・・・"本当に説明出来ているか著しく心配だが、
何か一生懸命話している。
そんなママ友達は、これから家を建てる人だったり、ここ(豊科)に住みたいと思っている人だったりと世代的にはそんな感じの人が多い。
そんな人たちに何かしらのインパクトをこの家は与えられているのだろうか?
ぽつぽつとでも、ハウスメーカーでは無い、
こだわりのある、木で土壁の家が増えていけば、町並みも変わるだろうに。
誰か土壁セルフビルドしないかな、手伝うのに。
そんな事を思っている。
さぁ今日からは大工仕事も再開
今の感じだと2月いっぱいも???の感じ
ペチカも毎日焚き続けていると少しずつ調整の仕方が分かってきた。
北村さんからも、
“兎に角最初は、新聞紙や焚き付け用の細い木を使って派手に火を熾して、
煙突までの空気のとおり道をつくらないといけない"と教わった。
その時は、焚き口の空気取り入れ口とダンパーは全開。
これで空気の流れを呼び込む訳だ。
20〜30分燃やし続け火が安定してくると今度は空気の絞り込みを開始。
30分ぐらいでダンパーを半分、1時間で3/4をしめると言った感じか。
このダンパー調整が何とも微妙。
あまり閉めすぎるとてっぺんの掃除口から【モワッ】と煙が立ちのぼる。
煙の流れを遮断してしまったのであろう。
10mm閉めては【モワッ】、5mm開けては煙が出ない。
そんな事を何度も繰り返していた。
外の気温や風の強さも有るようで、結局一概には決められないことがわかった。
3/4なら煙も出ないので、これで固定するってもんかな。
薪を足したりするときも、ダンパーを開けてからやらないと煙が逆流。
前に奥さんたちが煙い、煙いと言った時もたぶん煙が逆流していたんだと思う。
ダンパーを開けないままで、薪投入口を開ける。→煙が少し洩れる。→原因追及の為に再度扉を開ける→煙がたくさん洩れる。
そんな悪循環を繰り返したのだろう。
なかなか繊細なペチカ君なのであります。
補助暖房もいるかどうかも、はっきり言ってわからない。
兎に角、一冬(来年の冬)住んでみてどうするかを決めるしかないだろう。
ガンバレ・ペチカ 冬の家族の幸せは君にかかっているゾ。

北村さんからも、
“兎に角最初は、新聞紙や焚き付け用の細い木を使って派手に火を熾して、
煙突までの空気のとおり道をつくらないといけない"と教わった。
その時は、焚き口の空気取り入れ口とダンパーは全開。
これで空気の流れを呼び込む訳だ。
20〜30分燃やし続け火が安定してくると今度は空気の絞り込みを開始。
30分ぐらいでダンパーを半分、1時間で3/4をしめると言った感じか。
このダンパー調整が何とも微妙。
あまり閉めすぎるとてっぺんの掃除口から【モワッ】と煙が立ちのぼる。
煙の流れを遮断してしまったのであろう。
10mm閉めては【モワッ】、5mm開けては煙が出ない。
そんな事を何度も繰り返していた。
外の気温や風の強さも有るようで、結局一概には決められないことがわかった。
3/4なら煙も出ないので、これで固定するってもんかな。
薪を足したりするときも、ダンパーを開けてからやらないと煙が逆流。
前に奥さんたちが煙い、煙いと言った時もたぶん煙が逆流していたんだと思う。
ダンパーを開けないままで、薪投入口を開ける。→煙が少し洩れる。→原因追及の為に再度扉を開ける→煙がたくさん洩れる。
そんな悪循環を繰り返したのだろう。
なかなか繊細なペチカ君なのであります。
補助暖房もいるかどうかも、はっきり言ってわからない。
兎に角、一冬(来年の冬)住んでみてどうするかを決めるしかないだろう。
ガンバレ・ペチカ 冬の家族の幸せは君にかかっているゾ。
昨日も朝からせっせとペチカ焚き
毎日火を入れる事で、ペチカ本体の暖まる時間が日に日に短くなってきている気がして、
何となく嬉しい。
まだ全体が暖まる段階には至ってはいないが、毎日の蓄積で少しずつ、少しずつ全体が暖まってくるものだと楽観している。
焚き付けが終わり一旦家へ帰る。
“今日は昼からでも子供たちと公園に遊びにいくかな"と子供たちに提案すると、
あえなく却下。
“スケートに行きたい"ともの申す。
どうしてスケートなのかはわからないが、どうしてもスケート、スケートと
子供たち二人で共同戦線を張る。
ネットで調べてみると【浅間国際スケートセンター】なるものが松本市に有ることがわかる。
そう言えば、年末になると【浅間選抜】とか言って国内の有力スケーターが集まる大会が例年催されているなぁ。
しかし場所は松本市と言っても結構秘境、美鈴湖と言う湖の側に有るようだ。
豊科に来て13年、松本市のいろんな所に行った事が有るが美鈴湖には言ったことが無かった。
【ワカサギ釣り】でも有名らしいがそんな趣味も無い。
“じゃぁ行くか"となり、昼頃に出発した。

途中道に迷いながらも1時過ぎには到着
そこそこたくさんの人が滑っている。
スケート靴を借りてレッツロー!!
あやちゃんもともくんも初めてのスケート
私と奥さんは何年ぶりだろう、10年前以来かもしれない。
家族みんなでのろのろとスタート。
私はほとんど初心者、転ばないようにだけ注意しながらへっぴり腰で滑る。
奥さんの方がまだ滑れるようで、子供たちに教えながらのスケーティング。
1周が競技会用のリンクだけあって400mあるのだが、
4周、5周と狂ったように回週を重ねる。
あやちゃんは少しずつだが、足を【ハの字】に開いてスケートらしい感じになってきた。
ともくんは、ただただ氷の上を歩いているだけで全然滑っていない。

“頭を打たないように転べよ"と子供たちに注意していたが、
滑って転んで頭を少し打ったのは私であった。(T.T)
そこから、私のテンションはガタ落ち。イスに座って子供たちの滑りをただ見ていた。
閉場時間の3時半まで滑り続けた。
子供たちは7〜8周ぐらい滑ったかな。
まぁ初滑りとしては上出来かな。

毎日火を入れる事で、ペチカ本体の暖まる時間が日に日に短くなってきている気がして、
何となく嬉しい。
まだ全体が暖まる段階には至ってはいないが、毎日の蓄積で少しずつ、少しずつ全体が暖まってくるものだと楽観している。
焚き付けが終わり一旦家へ帰る。
“今日は昼からでも子供たちと公園に遊びにいくかな"と子供たちに提案すると、
あえなく却下。
“スケートに行きたい"ともの申す。
どうしてスケートなのかはわからないが、どうしてもスケート、スケートと
子供たち二人で共同戦線を張る。
ネットで調べてみると【浅間国際スケートセンター】なるものが松本市に有ることがわかる。
そう言えば、年末になると【浅間選抜】とか言って国内の有力スケーターが集まる大会が例年催されているなぁ。
しかし場所は松本市と言っても結構秘境、美鈴湖と言う湖の側に有るようだ。
豊科に来て13年、松本市のいろんな所に行った事が有るが美鈴湖には言ったことが無かった。
【ワカサギ釣り】でも有名らしいがそんな趣味も無い。
“じゃぁ行くか"となり、昼頃に出発した。

途中道に迷いながらも1時過ぎには到着
そこそこたくさんの人が滑っている。
スケート靴を借りてレッツロー!!
あやちゃんもともくんも初めてのスケート
私と奥さんは何年ぶりだろう、10年前以来かもしれない。
家族みんなでのろのろとスタート。
私はほとんど初心者、転ばないようにだけ注意しながらへっぴり腰で滑る。
奥さんの方がまだ滑れるようで、子供たちに教えながらのスケーティング。
1周が競技会用のリンクだけあって400mあるのだが、
4周、5周と狂ったように回週を重ねる。
あやちゃんは少しずつだが、足を【ハの字】に開いてスケートらしい感じになってきた。
ともくんは、ただただ氷の上を歩いているだけで全然滑っていない。

“頭を打たないように転べよ"と子供たちに注意していたが、
滑って転んで頭を少し打ったのは私であった。(T.T)
そこから、私のテンションはガタ落ち。イスに座って子供たちの滑りをただ見ていた。
閉場時間の3時半まで滑り続けた。
子供たちは7〜8周ぐらい滑ったかな。
まぁ初滑りとしては上出来かな。
早速煙がモクモクと言われるペチカの修正を行う。
証言①
“天面の掃除口から煙が洩れる"
セメントを練ってモルタルにして掃除口に塗る。
最初はコテを使って塗ろうとしたのだが、掃除口が狭くて色々考えている内に、下に【ボトッ】
それからはコテを諦めモルタルを手にとって掃除口の下から上になすり付けるように、
擦りつける。
【これでもかこれでもか】と言うぐらいこんもり大盛りに付けてやった。
天面部分も最初よりは広範囲にモルタルを塗ってみる。

証言②
“焚き口の鉄板から煙が出るよ"
元々耐火レンガの上に鉄板を直置きしただけなので、当然煙が洩れることは予想された。
急遽【ガスケット】なる耐火性のロープをストーブ屋さんから送ってもらい、設置。
設置と言っても、薄く耐火モルタルを敷いた上にガスケットを1.5週ぐるっと鉄板の端っこ部分に回しただけだ。

他にも、何カ所かレンガの目地部分から煙が出ていただとか、
天地逆に付けてしまった横の掃除口からも煙が出ていただとかの証言はあったが、
取りあえず焚いてみて様子を見ることにした。
着火スタート!!
最初の30秒〜1分ぐらい、天面の掃除口からうっすらと煙が出てくる、
それでもそれ以降は全く出てこない。
手術成功か?
どうも一番最初の煙突までの煙の抜け道が出来るまでの間、
彷徨える煙君たちが行き場を見失い、洩れたようだ。
それからは安定稼働になった時はもちろん、鎮火の時も煙は洩れなかった。
丁度その時北村さんから電話
“ペチカの煙どうですかね??"
“最初だけちょこっと洩れますが、それ以降は全然大丈夫ですよ!"
“・・・・"
北村さんとしては、最初のちょこっとまで洩れないようにしたいと思っていた様子だが、
建て主(私)は意に介していない様子。
こんなゆるい建て主は私だけ??

証言①
“天面の掃除口から煙が洩れる"
セメントを練ってモルタルにして掃除口に塗る。
最初はコテを使って塗ろうとしたのだが、掃除口が狭くて色々考えている内に、下に【ボトッ】
それからはコテを諦めモルタルを手にとって掃除口の下から上になすり付けるように、
擦りつける。
【これでもかこれでもか】と言うぐらいこんもり大盛りに付けてやった。
天面部分も最初よりは広範囲にモルタルを塗ってみる。

証言②
“焚き口の鉄板から煙が出るよ"
元々耐火レンガの上に鉄板を直置きしただけなので、当然煙が洩れることは予想された。
急遽【ガスケット】なる耐火性のロープをストーブ屋さんから送ってもらい、設置。
設置と言っても、薄く耐火モルタルを敷いた上にガスケットを1.5週ぐるっと鉄板の端っこ部分に回しただけだ。

他にも、何カ所かレンガの目地部分から煙が出ていただとか、
天地逆に付けてしまった横の掃除口からも煙が出ていただとかの証言はあったが、
取りあえず焚いてみて様子を見ることにした。
着火スタート!!
最初の30秒〜1分ぐらい、天面の掃除口からうっすらと煙が出てくる、
それでもそれ以降は全く出てこない。
手術成功か?
どうも一番最初の煙突までの煙の抜け道が出来るまでの間、
彷徨える煙君たちが行き場を見失い、洩れたようだ。
それからは安定稼働になった時はもちろん、鎮火の時も煙は洩れなかった。
丁度その時北村さんから電話

“ペチカの煙どうですかね??"
“最初だけちょこっと洩れますが、それ以降は全然大丈夫ですよ!"
“・・・・"
北村さんとしては、最初のちょこっとまで洩れないようにしたいと思っていた様子だが、
建て主(私)は意に介していない様子。
こんなゆるい建て主は私だけ??
8日に北村さんと板金屋さん親子がペチカの煙突をつけていただいた。
吹き抜けの煙突工事は結構たいへんだったようで、
昼に様子を見に行った時にも、吹き抜け部分に足場の板を渡して【スリル感】たっぷりの感じがありありであった。
その日の夜遅く現場に行ってみると、火入れは終わっていて誰もいなかった。
その着火の様子を後から聞いてみた所、掃除口や鉄板部分など何カ所からも煙が洩れていた様子。
嫌な予感は的中、まだ完成の域に達していなかった。(^_^;
北村さんから焚き方のいろはをメールにて伝授
兎に角、焚いて、焚いて、焚きまくってコツを掴むしかないだろうとの事だ。
夕方に焚き始めてもしょうがないので、10日からは朝の大工さんが来るまでに、
火を熾しておこうと言う作戦を立てる。
10日朝、色々やってみたがなかなか着火せず、会社の時間もありそそくさと退散
そして今日、家に余っていた割り箸を使うとそれなりに上手く行った。
帰り際、煙突から薄く煙が立ち上るのを見て、しばし感動
ペチカの煙道つながってて良かったーーーと正直思った。
慌てて会社に行く
そして昼、現場に行ってみると奥さんが一言
“もぉーーーーー -_-#
煙もくもくで大変だったよ"
共同作業のOさんは
“いい感じで火が燻っていたんで、ガンガンと薪を入れたら煙がすごくて・・・"
あちこちから大量の煙が出たようだ。
まだガンガン入れちゃダメだよな・・・、言い忘れてたけど
近所、大工さん、奥さん等々苦情がこれ以上出る前に、
地道に修正を加えていくしかないかな。
凄く煙いという話はみんなから聞くが、
暖かいと言う話は全く出てこない。
ペチカ君、君はもしやペチカではなく囲炉裏ですか??

吹き抜けの煙突工事は結構たいへんだったようで、
昼に様子を見に行った時にも、吹き抜け部分に足場の板を渡して【スリル感】たっぷりの感じがありありであった。
その日の夜遅く現場に行ってみると、火入れは終わっていて誰もいなかった。
その着火の様子を後から聞いてみた所、掃除口や鉄板部分など何カ所からも煙が洩れていた様子。
嫌な予感は的中、まだ完成の域に達していなかった。(^_^;
北村さんから焚き方のいろはをメールにて伝授
兎に角、焚いて、焚いて、焚きまくってコツを掴むしかないだろうとの事だ。
夕方に焚き始めてもしょうがないので、10日からは朝の大工さんが来るまでに、
火を熾しておこうと言う作戦を立てる。
10日朝、色々やってみたがなかなか着火せず、会社の時間もありそそくさと退散
そして今日、家に余っていた割り箸を使うとそれなりに上手く行った。
帰り際、煙突から薄く煙が立ち上るのを見て、しばし感動
ペチカの煙道つながってて良かったーーーと正直思った。
慌てて会社に行く
そして昼、現場に行ってみると奥さんが一言
“もぉーーーーー -_-#
煙もくもくで大変だったよ"
共同作業のOさんは
“いい感じで火が燻っていたんで、ガンガンと薪を入れたら煙がすごくて・・・"
あちこちから大量の煙が出たようだ。
まだガンガン入れちゃダメだよな・・・、言い忘れてたけど
近所、大工さん、奥さん等々苦情がこれ以上出る前に、
地道に修正を加えていくしかないかな。
凄く煙いという話はみんなから聞くが、
暖かいと言う話は全く出てこない。
ペチカ君、君はもしやペチカではなく囲炉裏ですか??
これからやっと内部の荒壁塗りを開始。
11月にはみんなを集めて外壁を【ガガッ】とやったのだが、
思いの外の重労働に特に男性陣からは“次回はパスで・・・"みたいな雰囲気が漂う。呼べば来てくれるような気もするが、内部は取りあえず夫婦、愛の共同作業で乗り切ろうと考えているのだ。
我が家の壁は最終的に90ミリ程度の壁厚になる予定。
あくまで目安。
基本的な壁の構成は柱は120ミリ角で、その間に貫が5本入っている。
貫の厚さは30ミリ、丁度柱の中心に入る。
だから外側45ミリ、貫30ミリ、内側45ミリあわせて柱寸法120ミリとなる。
北村さんは他の家の設計でも仕上げに土を用いるが、
竹小舞をかき、荒壁から付ける家は初めて、
私ももちろん初心者
だ。
貫が30ミリと簡単に言うが、【言うが易し行うは難しで】30ミリの板なんて手で簡単に曲がる訳は無く、
建前の時にも貫を無理やりねじ込みながら柱を立てているのは、
なんとも力技っぽくて無理に無理を重ねていた。
ここら辺では貫を用いる家自体が稀だが、使うとしても貫の数は3本が主流で5本なんてのは、
入れすぎのかなりの頑丈仕様にあたる様で、大工さんもぼやいていた。
そんないわくつきの貫なのだ。
無知は力なり
設計当初は壁厚100ミリなんて話もあったが、土蔵じゃあるまいし一般住宅でそこまで厚い壁はなかなかしないようだ。
貫の外側のラインに面を作るように竹子舞を編む。
内側が貫に対して平行に、外側は貫に対して垂直に編む。
これも火事などの時に、内側から蹴破れるようにこう編むのだと聞いたことがある。
内側から

外側から

こんな風に竹子舞の面は貫よりも竹の分だけ外側だけ10ミリ程は出ている訳だ。
そこに荒壁塗り、内側は貫と貫の間を塗り、裏返しは外側から竹子舞が隠れる程度(10ミリ程度)塗った事になる。
内側(貫側)から塗る

そして裏返し

だから今現在は、50ミリ(貫とその間の荒壁30ミリ+竹子舞10ミリ+裏返し10ミリ)の荒壁が付いていることになる。
さぁこれからが難問だ。
あと40ミリ中塗り〜仕上げで付けていく事になる。
土壁は基本的に芯(荒壁)になる部分が高い粘度のものを塗り、表面にいくにしたがって
サラッとした粘度の低いものを塗っていくのがセオリー。
荒壁はネッチョネッチョ、グッチョグッチョした荒木田土に
藁を入れて腐らせ、更にネチョ、グチョ感を増したものを塗る。
次の中塗りはその上には砂など混ぜたりして塗ることになる。
ネチョ、グチョ感が少ないので一度に塗る量も限られてくる、
一度目に付けた荒壁のように、30ミリを一度に塗るわけにはいかないのである。
結果として中塗り(内・外各10ミリ?)→中塗り2回目(内・外各8ミリ?)→仕上げ(3ミリ?)ぐらいの勢いでやっと90ミリの壁が出来る訳だ。
中塗り3回目なのか仕上げ2回目なのか分からないが、
更に1回塗るかも知れないと松田さんからは言われている。
塗って→乾燥→塗って→乾燥の繰り返すのだ。
荒壁、乾燥一ヶ月

乾燥三ヶ月

乾燥が進むと茶色っぽい色になってきた。
仕上げまで進むとどんな表情を見せてくれるのか・・・
土壁の道のりはまだまだ険しいのである。
皆様の助っ人を心よりお待ちしています。(^_^)

11月にはみんなを集めて外壁を【ガガッ】とやったのだが、
思いの外の重労働に特に男性陣からは“次回はパスで・・・"みたいな雰囲気が漂う。呼べば来てくれるような気もするが、内部は取りあえず夫婦、愛の共同作業で乗り切ろうと考えているのだ。
我が家の壁は最終的に90ミリ程度の壁厚になる予定。
あくまで目安。
基本的な壁の構成は柱は120ミリ角で、その間に貫が5本入っている。
貫の厚さは30ミリ、丁度柱の中心に入る。
だから外側45ミリ、貫30ミリ、内側45ミリあわせて柱寸法120ミリとなる。
北村さんは他の家の設計でも仕上げに土を用いるが、
竹小舞をかき、荒壁から付ける家は初めて、
私ももちろん初心者
だ。貫が30ミリと簡単に言うが、【言うが易し行うは難しで】30ミリの板なんて手で簡単に曲がる訳は無く、
建前の時にも貫を無理やりねじ込みながら柱を立てているのは、
なんとも力技っぽくて無理に無理を重ねていた。
ここら辺では貫を用いる家自体が稀だが、使うとしても貫の数は3本が主流で5本なんてのは、
入れすぎのかなりの頑丈仕様にあたる様で、大工さんもぼやいていた。
そんないわくつきの貫なのだ。
無知は力なり
設計当初は壁厚100ミリなんて話もあったが、土蔵じゃあるまいし一般住宅でそこまで厚い壁はなかなかしないようだ。
貫の外側のラインに面を作るように竹子舞を編む。
内側が貫に対して平行に、外側は貫に対して垂直に編む。
これも火事などの時に、内側から蹴破れるようにこう編むのだと聞いたことがある。
内側から

外側から

こんな風に竹子舞の面は貫よりも竹の分だけ外側だけ10ミリ程は出ている訳だ。
そこに荒壁塗り、内側は貫と貫の間を塗り、裏返しは外側から竹子舞が隠れる程度(10ミリ程度)塗った事になる。
内側(貫側)から塗る

そして裏返し

だから今現在は、50ミリ(貫とその間の荒壁30ミリ+竹子舞10ミリ+裏返し10ミリ)の荒壁が付いていることになる。
さぁこれからが難問だ。
あと40ミリ中塗り〜仕上げで付けていく事になる。
土壁は基本的に芯(荒壁)になる部分が高い粘度のものを塗り、表面にいくにしたがって
サラッとした粘度の低いものを塗っていくのがセオリー。
荒壁はネッチョネッチョ、グッチョグッチョした荒木田土に
藁を入れて腐らせ、更にネチョ、グチョ感を増したものを塗る。
次の中塗りはその上には砂など混ぜたりして塗ることになる。
ネチョ、グチョ感が少ないので一度に塗る量も限られてくる、
一度目に付けた荒壁のように、30ミリを一度に塗るわけにはいかないのである。
結果として中塗り(内・外各10ミリ?)→中塗り2回目(内・外各8ミリ?)→仕上げ(3ミリ?)ぐらいの勢いでやっと90ミリの壁が出来る訳だ。
中塗り3回目なのか仕上げ2回目なのか分からないが、
更に1回塗るかも知れないと松田さんからは言われている。
塗って→乾燥→塗って→乾燥の繰り返すのだ。
荒壁、乾燥一ヶ月

乾燥三ヶ月

乾燥が進むと茶色っぽい色になってきた。
仕上げまで進むとどんな表情を見せてくれるのか・・・
土壁の道のりはまだまだ険しいのである。
皆様の助っ人を心よりお待ちしています。(^_^)
土壁を作る工程は、大まかには
竹小舞あみ→荒壁付け→裏返し→貫伏せ・チリのれん(チリトンボ)→中塗り→仕上げという段取りで進むようだ。
兎に角こまめに土塗り→乾燥を繰り返しひび割れの少ない強い壁を作っていくのが目的。
特にひび割れがおきやすい、チリ際(柱や梁との境界線)や貫には一工程余分にかかるのだ。
松田さんの算段の中では、貫伏せとチリのれんを私たちのセルフビルドでまかなおうと思っていたようだが、北村さんから“もっと簡単にいかんかね?"と注文がつく。
私としては、何でも出来ることはやってみたい気はあるのだが、
それだといつまでたっても出来ないのも、それもまた事実。
今回はショートカットも有りかなぁと思っていた。
北村さんと松田さんの合議の結果。
下のような編み目状のネットを貫とチリの両方いっぺんに中塗りするときに伏せ込んでしまう作戦になったようだ。

普通の貫伏せには藁や使い古した蚊帳、寒冷紗を使うようだが、
このネットはグラスファイバーとか言っていたな。
【こし】があり、チリ際までしっかりと付けれそうな所がポイントか。
我が家の近代ハイテク兵器なのだ。

竹小舞あみ→荒壁付け→裏返し→貫伏せ・チリのれん(チリトンボ)→中塗り→仕上げという段取りで進むようだ。
兎に角こまめに土塗り→乾燥を繰り返しひび割れの少ない強い壁を作っていくのが目的。
特にひび割れがおきやすい、チリ際(柱や梁との境界線)や貫には一工程余分にかかるのだ。
松田さんの算段の中では、貫伏せとチリのれんを私たちのセルフビルドでまかなおうと思っていたようだが、北村さんから“もっと簡単にいかんかね?"と注文がつく。
私としては、何でも出来ることはやってみたい気はあるのだが、
それだといつまでたっても出来ないのも、それもまた事実。
今回はショートカットも有りかなぁと思っていた。
北村さんと松田さんの合議の結果。
下のような編み目状のネットを貫とチリの両方いっぺんに中塗りするときに伏せ込んでしまう作戦になったようだ。

普通の貫伏せには藁や使い古した蚊帳、寒冷紗を使うようだが、
このネットはグラスファイバーとか言っていたな。
【こし】があり、チリ際までしっかりと付けれそうな所がポイントか。
我が家の近代ハイテク兵器なのだ。
ペチカ作製も最終コーナーを周り最後の直線
前回書いたように、普通の大きさでは扉が治まらないので角をカット

扉の四段目までの角を削って仮置きしてみると、
扉の上部についた出っ張りとガッチンコ

縦を切り、角をカット、さらに横に切れ込みを入れる
“わしは石の造形作家か??"と自らつっこみをいれたくなった。
こうなれば何でも有りだ、現物に合わせてただただカットあるのみ

やっとはまった。(^_^)
どうも扉部分だけでなく、正面のガラスも寸法がだいぶでかく思われる。
今まで見たペチカは、こんなにでかいガラス面では無かったはず。
またやられたかな。
こちらも現物あわせの出た所勝負で何とか乗り切った。

そして九段目を少し内にくびれさせて、鉄板を載せる事になっている。
これは北村さんオリジナル仕様。
開け閉め出来て、掃除もしやすくとの配慮である。
まぁこの鉄板が重い重い、15kgぐらいあるんじゃないか。
上げ下げしているだけで腰が痛かった。

そして、鉄板の周りを囲むように10段目を積んで、完成
ほぼ一ヶ月半のペチカ作製であった。
煙突付けは8日からの予定、ちゃんと焚けるかな??

前回書いたように、普通の大きさでは扉が治まらないので角をカット

扉の四段目までの角を削って仮置きしてみると、
扉の上部についた出っ張りとガッチンコ

縦を切り、角をカット、さらに横に切れ込みを入れる
“わしは石の造形作家か??"と自らつっこみをいれたくなった。
こうなれば何でも有りだ、現物に合わせてただただカットあるのみ

やっとはまった。(^_^)
どうも扉部分だけでなく、正面のガラスも寸法がだいぶでかく思われる。
今まで見たペチカは、こんなにでかいガラス面では無かったはず。
またやられたかな。
こちらも現物あわせの出た所勝負で何とか乗り切った。

そして九段目を少し内にくびれさせて、鉄板を載せる事になっている。
これは北村さんオリジナル仕様。
開け閉め出来て、掃除もしやすくとの配慮である。
まぁこの鉄板が重い重い、15kgぐらいあるんじゃないか。
上げ下げしているだけで腰が痛かった。

そして、鉄板の周りを囲むように10段目を積んで、完成
ほぼ一ヶ月半のペチカ作製であった。
煙突付けは8日からの予定、ちゃんと焚けるかな??
絶対脱せん炎上はしないという天のストーリーがあるのではないか?
土地の開発申請が危ないのではないかと言われていた頃からでも、
“結構うまくいくのではないだろうか”という思いがずっと私の中にあった。
今振り返ってみても時期的には“今しかない”というタイミングであった気はするのだ。
お金の算段がつき、
収入の目処がある。
ある程度の経験や知識も得た、
やってくれそうな建築士さんにも出会えた、
子供も一番手のかかる時期を脱して二人とも小学校と保育園にいっており奥さんの手も借りれる、
何より家をつくりたいという気持ちとずく(多少手間でも自分で動こうという意味の長野弁)がある。
そう時は今しかなかったのである
あやとも邸の家づくりは基本的にと言うか、ほとんどは設計士の北村さんの路線だとおもっている。
オール無垢材、切妻屋根、高い基礎などだ
設計段階で家づくり電車がその線路上を調子よく走っていると、横からムボーな建主がチャチャを入れてくる。
やれ【土壁がいい】だの【ペチカが欲しい】だの、あえてスムーズに家が出来ないような
邪魔行為を建主自身が展開して来る。
懐の大きな設計士さんは、それらを面白がって受け入れてしまい。
今の家の形になった訳だ。
絶対に脱線しないと心の奥底で思っていたから、思いっきりやりたい事をやれたのだろう。
思いっきり好きな家を建てて、ここに住め
天からの指令に導かれて今ここまで出来た感じがする。
大工さんや左官屋さん探しもそう。
なかなかの難産であった。
大工さんは二人の方に振られ、左官屋さんも上棟の1週間前に決まる。
しかし今その方々(上條建工さんや松田さん)に仕事をしていただいていると、
他の方では有り得なかった様に感じるのが不思議なものだ。
結果的には出来る限りの最高のメンツが揃ったように思う。
いつ完成するか、今の段階でもまだ未定
夏か?秋か?はたまた・・・。
答えは神のみぞ知ると言う事かな。
未来に向かって逆噴射、
今年もゆっくり、まったり行きますので、ご愛顧よろしくお願いします。

土地の開発申請が危ないのではないかと言われていた頃からでも、
“結構うまくいくのではないだろうか”という思いがずっと私の中にあった。
今振り返ってみても時期的には“今しかない”というタイミングであった気はするのだ。
お金の算段がつき、
収入の目処がある。
ある程度の経験や知識も得た、
やってくれそうな建築士さんにも出会えた、
子供も一番手のかかる時期を脱して二人とも小学校と保育園にいっており奥さんの手も借りれる、
何より家をつくりたいという気持ちとずく(多少手間でも自分で動こうという意味の長野弁)がある。
そう時は今しかなかったのである
あやとも邸の家づくりは基本的にと言うか、ほとんどは設計士の北村さんの路線だとおもっている。
オール無垢材、切妻屋根、高い基礎などだ
設計段階で家づくり電車がその線路上を調子よく走っていると、横からムボーな建主がチャチャを入れてくる。
やれ【土壁がいい】だの【ペチカが欲しい】だの、あえてスムーズに家が出来ないような
邪魔行為を建主自身が展開して来る。
懐の大きな設計士さんは、それらを面白がって受け入れてしまい。
今の家の形になった訳だ。
絶対に脱線しないと心の奥底で思っていたから、思いっきりやりたい事をやれたのだろう。
思いっきり好きな家を建てて、ここに住め
天からの指令に導かれて今ここまで出来た感じがする。
大工さんや左官屋さん探しもそう。
なかなかの難産であった。
大工さんは二人の方に振られ、左官屋さんも上棟の1週間前に決まる。
しかし今その方々(上條建工さんや松田さん)に仕事をしていただいていると、
他の方では有り得なかった様に感じるのが不思議なものだ。
結果的には出来る限りの最高のメンツが揃ったように思う。
いつ完成するか、今の段階でもまだ未定
夏か?秋か?はたまた・・・。
答えは神のみぞ知ると言う事かな。
未来に向かって逆噴射、
今年もゆっくり、まったり行きますので、ご愛顧よろしくお願いします。

お金の算段がついてからは、家づくりのリサーチを開始。
その頃から妙高在住のげんぞー氏のセルフビルドに足しげく通う。
何でもそうだと思うが、やりたいことがあるならば、やるべきだとつくづく思う。
げんぞーさんちもわがまま放題、やり放題、でもそこには本当に作りたいものを魂を込めて作ったという、
凄みを感じる。
家づくり行き着くところセルフビルド
私は本当にそう思う。
インターネットを見ていても良い、イメージを書いても良いのだが、
でも最終的には手を動かし、行動しなければ何にもならないと思うのだ。
なにより自分自身が納得しない。
他の人の家づくりブログなどを読ましてもらうことがあるが、
家づくりにこだわる人ほど、いざ着工が始まると“イメージと違う”や“こんなはずではなかった”というような壁にぶち当たるような気がしている。
(もちろん自分自身でやることで、時間的な犠牲や家の精度が落ちるなどのマイナス面も当然あるのだが。)
そして北村さんと出会ったことが一番大きかったかな。
北村さん自身ご自分の自宅を大工さんと共同で造っておられる。
セルフビルドへの理解もある。
借金に対して極端に保守的で、借金しないためには一生借家暮らしでもいいかなと思った事もあったが、借金をしてでも家づくりをしたいと思ったのは、北村さんとどうしても家を造りたかったからに他ならない。
私はずっと考えていた、家づくりで最もピンチな状態を。
建前が終わる前ならば、最悪、基礎と最低限の材料代でキャンセルや長期延期も可能だろう。
【建前が終わった直後、大工さんが(何らかの事情で)来なくなる、設計士さんに逃げられる、
会社でリストラ職を失う】
私の考えうる中でワーストな想定だ。
そのワーストな状態になったとしても、
それでもなんとか建てられると言う確信を持てたので、家づくりをしようと決心した。
(幸いに建前後も大工さんも設計士さんも現実には逃げ出していない)
自分の経験や知識、縁故、地縁、知人すべてを動員すれば完成までいけるだろうという判断した。
なにより北村さんは投げ出さないであろう。
地理的に遠い設計士さん、分離発注はじめから一筋縄ではいかないのはわかっていた。
それからは北村さんと二人三脚、大工さん探し、材木探し、左官屋さん探しに奔走することになる。
敢えて高いハードルを設けたような家づくりではあったが、
何となく上手くいくのではないか。そんな気持ちは心の奥底にずっとあった。
天命編に続く・・・

その頃から妙高在住のげんぞー氏のセルフビルドに足しげく通う。
何でもそうだと思うが、やりたいことがあるならば、やるべきだとつくづく思う。
げんぞーさんちもわがまま放題、やり放題、でもそこには本当に作りたいものを魂を込めて作ったという、
凄みを感じる。
家づくり行き着くところセルフビルド
私は本当にそう思う。
インターネットを見ていても良い、イメージを書いても良いのだが、
でも最終的には手を動かし、行動しなければ何にもならないと思うのだ。
なにより自分自身が納得しない。
他の人の家づくりブログなどを読ましてもらうことがあるが、
家づくりにこだわる人ほど、いざ着工が始まると“イメージと違う”や“こんなはずではなかった”というような壁にぶち当たるような気がしている。
(もちろん自分自身でやることで、時間的な犠牲や家の精度が落ちるなどのマイナス面も当然あるのだが。)
そして北村さんと出会ったことが一番大きかったかな。
北村さん自身ご自分の自宅を大工さんと共同で造っておられる。
セルフビルドへの理解もある。
借金に対して極端に保守的で、借金しないためには一生借家暮らしでもいいかなと思った事もあったが、借金をしてでも家づくりをしたいと思ったのは、北村さんとどうしても家を造りたかったからに他ならない。
私はずっと考えていた、家づくりで最もピンチな状態を。
建前が終わる前ならば、最悪、基礎と最低限の材料代でキャンセルや長期延期も可能だろう。
【建前が終わった直後、大工さんが(何らかの事情で)来なくなる、設計士さんに逃げられる、
会社でリストラ職を失う】
私の考えうる中でワーストな想定だ。
そのワーストな状態になったとしても、
それでもなんとか建てられると言う確信を持てたので、家づくりをしようと決心した。
(幸いに建前後も大工さんも設計士さんも現実には逃げ出していない)
自分の経験や知識、縁故、地縁、知人すべてを動員すれば完成までいけるだろうという判断した。
なにより北村さんは投げ出さないであろう。
地理的に遠い設計士さん、分離発注はじめから一筋縄ではいかないのはわかっていた。
それからは北村さんと二人三脚、大工さん探し、材木探し、左官屋さん探しに奔走することになる。
敢えて高いハードルを設けたような家づくりではあったが、
何となく上手くいくのではないか。そんな気持ちは心の奥底にずっとあった。
天命編に続く・・・
家を建てるにあたり、誰もが全員ぶちあたる壁・・・お金の問題
生活資金を僅かに残し、ローン生活が始まった今だからこそ話せる話である。
家づくりの構想を練りだした頃は、家の総予算(住める状態までの税金なども含めた予算)を
2150万円位で予定していた。
私の分離発注に対する勘違い、材料費の値上がり、家の巨大化等など色々あり、
それが結局は2450万位の予算となっている。
(よくこの予算で収まっているなとは自分でも感心する)
土地の購入費用は1450万円なり、総計で3900万のあやともハウスの大プロジェクトなのである。
それに対して、自己資金は2100万円、親からの援助500万円、ローン1450万円で予算立てをして、家が建ったあかつきには生活資金100万円が残れば良いかなと思っている。
自己資金の2100万は非常に多いと思えるかもしれませんが、
べつに闇の商売で蓄えたものではありません。
詳しくは計算していないのでよくわからないのだが、
結婚当初(1999年)に700万あった貯金に、株の売買益が700万、
それと毎日真っ当に働き鬼嫁良妻の堅実な?生活により100万/年で700万、
合計2100万貯まっていたという感じかな。
それと親の援助500万、これは感謝ということしかない。
親が“早く家を建てろ”と言っていた事もあり、
“金はもらうが、口を出すな、ついでに言うと、一緒にも住む気はない”(両親は大阪在住)と
わがまま放題を前提になんとか援助にこぎ着けた。
あとローン
基本的には10年以内に返せるとの見込みで借りた。
今までは家賃(6万*12ヶ月)を払った上で100万貯めれていたのだから、
一年150万で10年返済も夢ではないと踏んでいる。
自己資金がほとんど無い状態ならば家づくりはしなかったであろう、
10年先はなんとか見通せるような気もするが、30年先なんて全く予見不可。
(元々予見しようとする事事態が間違っているという意見もあるが・・・)
10年ローンが私の限界であった。
自己資金+10年ローンで家が射程圏内に入って来たことがあり、
あやとも邸の家づくりは進みだすことになる・・・
今となっては多額の貯金があったなんて事は遙か昔の思い出、
支払いの為に借りる繋ぎ融資は1日で支払先に消えてゆく。
あぁ懐かしき過去の栄光・・・
と言う訳でもない、実際はお金の悩みが無くなってある意味すっきりなのだ
次は人脈編に移る

生活資金を僅かに残し、ローン生活が始まった今だからこそ話せる話である。
家づくりの構想を練りだした頃は、家の総予算(住める状態までの税金なども含めた予算)を
2150万円位で予定していた。
私の分離発注に対する勘違い、材料費の値上がり、家の巨大化等など色々あり、
それが結局は2450万位の予算となっている。
(よくこの予算で収まっているなとは自分でも感心する)
土地の購入費用は1450万円なり、総計で3900万のあやともハウスの大プロジェクトなのである。
それに対して、自己資金は2100万円、親からの援助500万円、ローン1450万円で予算立てをして、家が建ったあかつきには生活資金100万円が残れば良いかなと思っている。
自己資金の2100万は非常に多いと思えるかもしれませんが、
べつに闇の商売で蓄えたものではありません。
詳しくは計算していないのでよくわからないのだが、
結婚当初(1999年)に700万あった貯金に、株の売買益が700万、
それと毎日真っ当に働き
合計2100万貯まっていたという感じかな。
それと親の援助500万、これは感謝ということしかない。
親が“早く家を建てろ”と言っていた事もあり、
“金はもらうが、口を出すな、ついでに言うと、一緒にも住む気はない”(両親は大阪在住)と
わがまま放題を前提になんとか援助にこぎ着けた。
あとローン
基本的には10年以内に返せるとの見込みで借りた。
今までは家賃(6万*12ヶ月)を払った上で100万貯めれていたのだから、
一年150万で10年返済も夢ではないと踏んでいる。
自己資金がほとんど無い状態ならば家づくりはしなかったであろう、
10年先はなんとか見通せるような気もするが、30年先なんて全く予見不可。
(元々予見しようとする事事態が間違っているという意見もあるが・・・)
10年ローンが私の限界であった。
自己資金+10年ローンで家が射程圏内に入って来たことがあり、
あやとも邸の家づくりは進みだすことになる・・・
今となっては多額の貯金があったなんて事は遙か昔の思い出、
支払いの為に借りる繋ぎ融資は1日で支払先に消えてゆく。
あぁ懐かしき過去の栄光・・・
と言う訳でもない、実際はお金の悩みが無くなってある意味すっきりなのだ
次は人脈編に移る



